EU欧州委員会は,2021年7月14日に2030年までのGHG排出削減目標55%(1990年比)への手段として,ガソリンエンジン車およびディーゼルエンジン車の新車販売を2035年までに禁止する旨を発表しました.既に本田技研工業は,2040年までに新車販売すべてをEVとFCVに切り替えると発表しており,このEUの発表に親和する方針を出しています.一方で,トヨタ自動車は,モータースポーツを通じた水素エンジンの技術開発に挑戦していることを発表しており,EVとFCV以外のカーボンニュートラルパワーソースの選択肢を提示しています.将来のモビリティのパワーソースは群雄割拠ですが,本ページでは水素エンジンの概要と動向を説明します.
【参考文献】EU 2035年にガソリン車などの新車販売 禁止方針(NHK NEW WEB 2021/07/15):https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210714/k10013140021000.html?utm_int=detail_contents_news-related_001
【参考文献】ホンダ、世界販売全てをEV・FCVに 40年目標(日本経済新聞2021/04/23):https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC236740T20C21A4000000/
【参考文献】トヨタ、モータースポーツを通じた「水素エンジン」技術開発に挑戦(トヨタ自動車ニュースリリース2021/04/22):https://global.toyota/jp/newsroom/corporate/35209944.html
ホンダを支持する記事,トヨタを支持する記事,それぞれを見かけますが,立ち位置の違いで重視すべき点が異なるため神学論争の様相を呈していますが,ここではモビリティ用途での水素を燃料とする内燃機関:ICEの素性を考えてみます.
次の図は,BMW系の技術コンサルタント企業が示した水素ICEのポテンシャルを示しています.本図の掲載記事情報では前提条件が不明ですが,ガソリンエンジンとの類似性を見立てているようです.水素は,理論空燃比での発熱量がガソリンの84%とやや低いうえ,理論空燃比が34:1と希薄なため,直噴化と過給の必要性が示唆されています.
次の表は,水素の物理特性を示しています.ガソリンを比較基準とすれば水素は軽油の対極にあり,ガソリンエンジンのSI(Spark Ignition)燃焼に親和する物理特性です.ここで親和するとは,乗り越えるべき技術課題の相対的低さを意味しており,高度なデバイスを駆使すればディーゼルエンジンのCI(Compression Ignition)燃焼の実現も否定できませんが,デバイス依存のコスト高や調達難からその親和性には疑義があります.
水素の物理特性から内燃機関としての得手不得手を考察すれば,まず可燃範囲の広さから超希薄燃焼の実現可能性が考えられ,低負荷での熱効率向上と低NOxが期待できます.最小点火エネルギの低さと燃焼速度の高さからは,点火の安定がもたらす低燃焼変動と燃焼期間の短さに起因する高熱効率と高回転化が期待できます.一方で,燃焼温度の高さから,ガス燃料エンジンで典型的な予混合吸気では高負荷での過早着火や逆火が発生しやすく,正味有効平均圧(BMEP),換言すれば高トルク化に技術的困難性が考えられます.したがって,水素ICEは,これらの得手不得手からLDV(Light Duty Vehicle)用途のガソリンエンジン代替としての素性の良さが期待でき,HDV(Heavy Duty Vehicle)用途のディーゼルエンジン代替としての素性の良さには疑義ありと考えられます.
軽油 | ガソリン | 水素 | |
自着火温度 | 350-400 ℃ | 480-550 ℃ | 530-580 ℃ |
最小点火エネルギ | ー | 0.25 mJ | 0.02 mJ |
可燃範囲 | 0.6-5.5 vol% | 1.4-7.6 vol% | 4-75 vol% |
最大燃焼速度 | ー | 40-46 cm/s | 270-290 cm/s |
真発熱量 | 36.1 MJ/L | 32.9 MJ/L | 8.5 MJ/L (Liquid) |
【参考文献】塩路昌弘,水素エネルギー社会とエンジンの役割,日本燃焼学会誌Vol.53,No.163 (2011).
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