革新的イノベーション vs レトロフィット:内燃機関

技術

カーボンニュートラル社会に向けて経済産業省は電化を進める意向ですが,日本自動車工業会の豊田章男会長は,2021年4月22日の定例会見で,電化だけが脱炭素の手段ではないことを主張しました.モビリティの脱炭素化では,燃料電池車両:FCVやバッテリ電動車両:BEVが革新的イノベーションの例として目立つ存在になっています.カーボンフリー燃料,あるいはカーボンニュートラル燃料を用いた内燃機関車両:ICEVも,脱炭素の目的達成には有効な手段ですが,グリーン成長戦略をはじめとする我が国の脱炭素化の施策にはインプットされていないようで,脱炭素化の手段が限定化される構図になっていると解釈できます.本ページでは,これまで利用されてきた内燃機関を脱炭素社会に変化/適合させるレトロフィット技術の動向を説明します.

【参考文献】自工会豊田会長「3度目の警告」岐路に立つエンジン(日経ビジネス2021/4/27):自工会豊田会長「3度目の警告」 岐路に立つエンジン:日経ビジネス電子版 (nikkei.com)

自動車のパワーソースを画一的に電動化する施策のデメリットには,レアアースにかかわる調達性や経済性が知られていますが,豊田会長が述べるように,内燃機関をパワーソースとする我が国の自動車産業構造および労働者の雇用維持の視座でもデメリットで,カーボンフリー/ニュートラル燃料ICEはこのデメリットを避けることができるレトロフィット技術と考えられます.

時を同じくして,2021年4月22日にトヨタ自動車は,水素エンジンの技術開発に挑戦する意向を発表しました.FCV,BEVが話題になることが多いなかでの水素ICEVは比較的に新鮮な話題ですが,水素ICEVは2000年代には既に実証,一部実用化されていますので紹介します.

【参考文献】トヨタ、モータースポーツを通じた「水素エンジン」技術開発に挑戦(TOYOTAニュースリリース2021/04/22):https://global.toyota/jp/newsroom/corporate/35209944.html

次の表は,BMW Hydrogen 7に搭載されたV12水素ICEの主要諸元です.この水素ICEは,ベースとなっているN73型ガソリンエンジンの最高出力および最大トルクと比較して40%程度,ディレーティングされています.BMWの山根氏による文献では,吸気管に常温の水素ガスを噴射しているために水素分だけ吸気空気量が減少したためディレーティングされているとのことで,単位出力あたりのコスト増につながる要因となっています.

 ベースエンジン水素エンジン
エンジン型式N73B60N73H60A
燃料ガソリン RON 98水素
排気量5972 cc5972 cc
最高出力327 kW / 6000 rpm191 kW / 5100 rpm
最大トルク600 Nm / 3950 rpm390 Nm / 4300 rpm
圧縮比11.39.5
燃焼方式筒内直噴燃焼予混合燃焼
燃料貯蔵ガソリンタンク液化水素タンク

【参考文献】山根健,BMW Hydrogen 7プロジェクト 水素社会の実現を目指して,水素エネルギーシステム,Vol.33,No.1,(2008).

次の図は,BMWからスピンアウトした技術コンサルタント企業のKEYOUが予見している水素ICEの将来です.過給直噴水素ICEは,現在の過給ディーゼルICEを超える性能が予見されており,その実現には,上記BMW水素ICEのディレーティングの理由である吸気量の課題解決,換言すれば,水素の燃焼速度,着火性におりあった過給燃焼技術がキー技術になっているようです.乗用車両に過給ICEが登場した1980年頃から現在までの過給技術の進化のように,水素燃料の燃焼特性に最適化されたICEの実用化が期待されます.

日経XTECH,再び水素エンジン特許増加 BMW転出企業が狙うディーゼル超え,(2020/08/03).

【参考文献】再び水素エンジン特許増加 BMW転出企業が狙うディーゼル超え(日経XTECH):再び水素エンジン特許増加 BMW転出企業が狙うディーゼル超え(2ページ目) | 日経クロステック(xTECH) (nikkei.com)

水素社会が歓迎されているものの,現在のガソリンおよび軽油のサービスステーション数およそ30,000ヶ所と比較して,水素ステーション数は2030年目標で900ヶ所と桁違いに少なく,車両運転者の水素燃料の調達性は大きな課題になっています.とりわけ,水素ステーションへアクセスしづらいオフロード車両では,水素利用の実現は,時期の問題はおろか実現性すら疑義ある状態ですが,上記BMWの水素ICEのような化石燃料と水素燃料のバイフューエルICEは,化石燃料から水素燃料への移行期にとりわけ合理的なパワーソースになると考えられます.なお,FCでは99.9%程度の水素純度が求められるのに対し,水素ICEは,比較的に低純度水素,さらには混焼までも利用できる点も,電動化の一本足施策に疑義を感じさせる要因ではないでしょうか.

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